島根県議会が2月22日を島根県条例で「竹島の日」と定めてから、お隣の韓国がカッカしている。
島根県がこの条例を制定した翌日(3月17日)に韓国政府は国家安全保障会議を召集し、竹島(韓国名では独島)問題での日本の挑発は過去の植民地侵略と同様の行為であると非難し、既存の韓日協定とは関係なく日本側に積極的な解決を求めるとしている。既存の韓日協定とは両国が締結した国際条約を指すものであり、それとは関係ない解決を図れとは国際法をないがしろにするものであり、まことに許しがたい行為である。
歴史的にみても、竹島は日本固有の領土である。
韓国側は、1770年に書かれた「東国文献備考」という書物の中の「與地考」の一節に「與地志に云う、鬱陵、于山、皆宇山国の地。宇山は即ち倭の所謂松島なり」と記述されており、竹島はかって松島と呼ばれていたから、宇山国が新羅に編入された512年以降は朝鮮領土であると主張する。しかしながら、「東国文献備考」に引用された與地志はすでに存在せず、「東国文献備考」そのものも、その後の調査で極めて杜撰なものであることが判明、韓国側の主張には根拠が無い。
一方、日本側には竹島が日本固有の領土であることを示す歴史的資料がある。江戸時代の初期の1618年には、鳥取藩の回船業者が鳥取藩を通じて幕府に鬱陵島への渡海、開発を願い出て許可されている。鬱陵島は竹島よりもはるかに朝鮮半島に近い島である。
また韓国は、日本が竹島を島根県に組入れた1905年に日本に抗議したくても前年の2月に日韓議定書を、8月には第一次日韓協約を締結させられ、外交権を奪われていたと主張する。しかしながら、日本が韓国の外交権を奪うのは1905年11月の第二次日韓協約に基づくものであり、竹島が島根県に組入れられた時期には韓国は外交権を確保していたのである。
さらに歴史は繰り下がって1951年、日本がサンフランシスコ講和条約を締結するため朝鮮の独立を承認し領土を放棄する際、韓国は米国案が「日本は済州島、巨文島及び鬱陵島を放棄すべき」とあるのを「独島及び波浪島」を加えて欲しい旨申し入れを行ったが却下されている。これに対して、当時の李承晩政権は、1952年4月にサンフランシスコ講和条約が発効する直前の1月に、公海上に勝手に李承晩ラインを引き竹島を一方的に韓国領に組入れてしまったのである。まさに暴挙である。
日本としては、毅然としてかつ粘り強く竹島は日本固有の領土であることを国際社会に訴え続けるとともに、不法占拠に対しては断固とした処置を発動すべきである。
それにしても、韓国にしても中国にしても、日本に対して異常なほどカッカするのは何故だろうか・・・
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